天皇陛下のクリスマスクラッカー

 

 


 

季節の食べ物ではない。これは英国で170年に渡り親しまれている伝統的なクリスマス用お遊びグッズである。中に小さな火薬が仕掛けられているので日本ではなじみの薄いクラッカーだが、記録によると、大正11年に、しかも当時の英国皇太子エドワード・アルバート殿下によって日本上陸を果たした。 

 

エドワード殿下といえば当時は英国屈指のプレイボーイで、国王となったものの米国人女性(しかも既婚)と恋仲になり1年足らずで王位を投げ出した男として有名だ。その殿下の日本滞在は、大正11年4月12日から5月9日までで、英国側の資料によると、渡日にあたって、当時の皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)への献上品リストの中に、クラッカーが入っている。

 

洒落たセンスの持ち主エドワード殿下のこと、翌日の晩餐会では宴もたけなわになった頃を見計らって、懐からおもむろに特性クラッカーを取り出して、裕仁親王と両端を引っ張り合ってクラッカー遊びに興じ、中から出てくるユーモアたっぷりの品々を小さな贈り物とする予定だったに違いない。

 

ところがどういう訳か、当時の日本側の献納品リストにはこのチャーミングなクラッカーの記録が見当たらない。いったいどこへ消えてしまったのだろう。

 

考えられるのは、日本側でクラッカーごときのジャンクは「とるに足らぬもの」として記録に残さなかったか、あるいは日本に到着されたエドワード殿下が、クラッカーの上の「マダムバタフライ」の世界と現実の日本のあまりのギャップに気付いて、渡しそびれてしまったのか。事実は霧の中。

 

ここでとんでもない事実を発見。エドワード殿下主催の晩餐会の前日、4月16日の午後に、宿泊先の帝国ホテルで出火があり、殿下の随員、従者の荷物の大半が焼失してしまったというのである。クラッカーはもしかするとその目的を達成する前に、遠い異国の地でパチパチと灰になってしまったのか?

 

英国の伝統クリスマスクラッカーをめぐる推理ドキュメンタリー。

 

 

 

(写真は裕仁親王に渡るはずだったクラッカーのレプリカ)
(写真は裕仁親王に渡るはずだったクラッカーのレプリカ)

 

 

 

 

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